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明治の人物史(4ページ目)
明治時代に制度・産業・文化の転換を担った人物を、苗字を入口にたどります。
改姓、養子縁組、通称、旧字体を区別し、公的資料で確認できる経歴を年代順に読みます。
- 確認済み人物
- 47名
- 異なる苗字
- 47姓
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VERIFIED PEOPLE
明治に活動した人物
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37
うえだ かずとし
上田万年
1867—1937
歴史的人物上田姓明治から昭和期の国語学者。欧州で言語学を学び、東京帝国大学に国語研究室を創設しました。近代科学としての日本語研究を国語学として確立し、後進育成と国語政策を主導しました。
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38
よこやま たいかん
横山大観
1868—1958
歴史的人物横山姓明治から昭和期の日本画家。東京美術学校で学び、岡倉天心らと日本美術院の設立に参画しました。再興日本美術院の中心として活動し、第1回文化勲章を受章しました。
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39
きのした なおえ
木下尚江
1869—1937
歴史的人物木下姓明治・大正期の社会運動家、ジャーナリスト、作家。新聞記者と弁護士を経て、禁酒・廃娼、普通選挙、足尾鉱毒問題に取り組みました。社会民主党の創立に参加し、日露戦争期には反戦小説『火の柱』を発表しました。
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40
みやざき とうてん
宮崎滔天
1871—1922
歴史的人物宮崎姓明治・大正期の社会運動家。孫文と知り合い、中国同盟会の結成に関わるなど、中国の革命運動を終生支援しました。虎蔵・寅蔵の旧名も公的資料で確認できます。
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41
こじま うすい
小島烏水
1873—1948
歴史的人物小島姓明治から昭和期の登山家・紀行文家。1902年に槍ヶ岳へ登り、1905年には日本初の山岳団体「山岳会」の創立に参加しました。登山紀行や『アルピニストの手記』などを著しました。
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42
わだ えいさく
和田英作
1874—1959
歴史的人物和田姓明治から昭和期の洋画家。白馬会や文展で活動し、文部省留学生としてフランスで学びました。帰国後は東京美術学校教授を務め、国立美術館は1908年作「老媼」を所蔵しています。
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43
すずき うめたろう
鈴木梅太郎
1874—1943
歴史的人物鈴木姓明治から昭和期の農芸化学者。米ぬかからビタミンB1成分を抽出してオリザニンと命名し、日本のビタミン研究を切り開きました。
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44
おおつか くすおこ
大塚楠緒子
1875—1910
歴史的人物大塚姓明治期の小説家・歌人・詩人。佐佐木信綱、夏目漱石らに学び、『文芸倶楽部』の「暮ゆく秋」で文壇に認められました。日露戦争期には厭戦詩「お百度詣で」を発表し、与謝野晶子と並び称されました。
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45
のぐち ひでよ
野口英世
1876—1928
歴史的人物野口姓明治から昭和初期の細菌学者・医師。伝染病研究所を経て渡米し、ロックフェラー医学研究所で研究しました。医学博士、学士院恩賜賞、帝国学士院会員を経て黄熱病研究のため中南米とアフリカへ赴き、1928年にガーナで感染して亡くなりました。
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46
あんどう こう
安藤幸
1878—1963
歴史的人物安藤姓明治から昭和期のヴァイオリニスト・音楽教育者。ドイツ留学でヨーゼフ・ヨアヒムに学び、東京音楽学校教授として後進を育成しました。国際音楽コンクールの審査員も務め、1958年に文化功労者となりました。
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47
いしかわ たくぼく
石川啄木
1886—1912
歴史的人物石川姓本名は石川一。歌人・詩人として『あこがれ』『一握の砂』『悲しき玩具』を残し、東京朝日新聞にも勤務しました。筆名と本名を区別して紹介します。